黒法師岳 裏話

さて、金は9時30分から登山道を歩き始め山頂に着いたのは14時10分くらいだった。
4時間以上かかっている。
どうも普通の人は3時間30分くらいで登るみたいだ。
金は後から来た単独行の男性 2人に抜かれている。
そしてこの日最後まで黒法師岳の山中に残る人間となったのである。

等高尾根までの最後の急登も残り3分の1位のところで二人の男性が下りてきた。
「縦走かい?」
「いいえ行って来いです。」
「がんばってね。」
「はいはい」
微笑みの中から発せられた『がんばってね』に込められた意味がこのときは理解できなかった。
そしてこの後等高尾根に着いたわけだから深い意味など誰が考えるか。

その時の彼の頭の中・・・
『おいおい縦走とか山中泊とかの計画じゃないのに今頃ここかよ。』
『遅いんじゃないのぉ。頑張らないと暮れちゃうよ。』

最後に僕を抜いていった人はなかなか下りてこない。
『あの人の足でまだすれ違わないのか?頂上は想像以上に遠い?』
少しかすめたやな予感。
この人は僕が頂上に着いたときに
「早くしないと暗くなっちゃうよ。」
「えぇ写真を撮ったら直ぐに下ります。」
という会話で別れた。

14:30 下山開始?のはずだった。
『あれぇバラ谷の頭との分岐までは殆ど勾配が無かったはずだが』
何をとち狂ったのか。 頂上から分岐の標識は見えている。
のに獣道に入ってしまった。
帰る方向を考えたときに日の射しているがおかしい。
バラ谷の頭を左に見なきゃいけないのに右に見える。
『おかしいよなぁどう考えても方向が違う。』
実は直ぐに気がついていたのだが古い板の矢印とその先に赤いスプレーの丸印があったためその方向に足を踏み入れてしまったのだ。
獣道が直ぐに無くなったので良かった。
頂上に戻ろうと・・・上を見るとすんげぇ急だし、いつの間にか笹の背が高くなっている。
笹をつかんで足を踏ん張ると笹で滑るわ、足に絡むわ登れない。
登ってはずるずる滑り落ち。笹に足を取られて転がり落ちるわ。
『やべぇこのまま笹で滑り続けてしまったらまずいぞ。』
たかが5m強と思しきところに貴重な時間を30分も費やしてしまった。
しかも、太ももの筋肉がこの藪漕ぎで疲弊してしまった。


下山振り出しに戻り正しい方向を見ると標識が見える。
『何で俺は獣道に行ってしまったんだぁ??????』
理由がわからぬままに『帰り道を急がなきゃ』とちょっと焦り始めた。
下山開始 15:00 となってしまった。
上から見ると
『ありゃこんなに急な道だったっけ?』

道は途中に鞍部があるだけで基本的には急勾配である。
16:30 休憩
『こりゃ途中で暗くなるな。ヘッドランプを出しておこう。』
それから、ポールも邪魔になってザックにくくりつけた。
勾配が急で木を掴みながらのほうが下りやすいのだ。

17:30 山の天辺に僅かに夕焼けが見える。
登山道はもう真っ暗だ。 安物のヘッドランプの明かりが不十分だ。
休憩をかねてマグライトを出した。
『おぉ〜明るい。流石マグライトっ。偉いっ』
マグライトを口にくわえて道を確かめながら急な山道を下りる。
途中道を照らすには役に立たないヘッドライトを頭の後ろに回し、口の中に溜まる唾をすすりながら下りる。

鞍部に来た。 気をつけないと何処に行ってしまうか・・・・・
午前中の明るいときでさえ目印の赤札探しに目を凝らした場所だ。
10歩歩いては立ち止まって赤札を探す。
集中すると見えるものだ。
鞍部からまた急勾配に変わるところで小休止。
『明日仕事に行かなくていいのなら、ここでビバークだな。』
と思いつつ気を取り直して登山口を目指す。

段々足がガクガクしてきた。
『おぉ膝が笑う』

この辺りから踏ん張りが利かなくなってきて足が滑って尻餅をつくことが多くなってきた。
急勾配でザレているところはズボンが擦り切れるのを覚悟で砂利の上を滑り台状態(実際は手で体を押してズズズズズズズッとね)。

暗くなってからは写真を撮る余裕もないしカメラのメモリーは一杯だし・・・しょうがない午前中の写真だ。

この倒木のゲート(?)が見えたときは嬉しかった。
登山口まで20分もあれば・・・・・・・・・・・
この辺りは土の道で石につまずことは無いが坂では滑るし、こけると泥がつく。
『もう少しだ。もう少しで林道だ。はぁぁぁあ帰れてよかった。』

18:30 登山口到着
一安心したもののこれから 6kmの林道歩きが待っている。
取り敢えず登山道で遭難することも無く、ビバークすることも無く林道まで来た。
休んでブドウ糖と飴を出し、ポールを手に持って
『さぁ道は広いしとっとと帰ろう』

・・・・・・・とっとと帰れなかった。
「あわや遭難」はこの後に待っていたのであった。

画像も無い復路の話 to 登山口  おしまい。
この続きは「あしたのこころだぁ」