黒法師岳 終話・・・・・・・・・

さて、両手にポールを持ち「笑う両膝」を心配しながら林道の砂利道を下りはじめる。
20分くらい歩いたところで

ガサッガサガサガサッ

『何か居る。』

向かって右手、谷側にマグライトの光を当てるとオレンジ色に光る二つの目。 目を凝らすとその持ち主が・・・・・・
鹿だった。かなり大きい。 一瞬立ち止まって谷を下りていった。

『そうだよな。 夜だもの動物も出てくるわなぁ』
『鹿に襲われる話は聞いたことはないが熊や猪が出たら・・・』
『野犬なんて出たらちょっと目も当てられないなぁ』

などと思いながら歩く。 するとまた前方に二つの光る目が。
今度は黄色い。 こちらを見ているようだが消える。 こちらが進むと同じ距離を保ちながらまた前方に現れる。

『何だろう? 小さいなぁ』

その動物は10分あるいはもう少しの間僕の前を歩いた。
やはり谷側に消えた。 黒く見えた。
狐か狸と思しきシルエットだった。

この頃になると膝がいよいよ大笑いを始め、カクンッとなっては
すっころぶ。

Nnnnnn まずいなぁ。 
本当に注意しないと怪我するような転び方をしたら大変だ。

でも転ぶのである。 ほんの少しのことで膝が崩れて転ぶ。
何度か転ぶと足の力だけでは立てなくなってきた。

『あっあれっ立てない。』

ポールを立てて腕で体重を支えて何とか立つことができた。
『こりゃぁこけられないなぁ。 立つのが大変だもの。』

ところがこの後の転んだ回数は多分両手両足の指じゃ数え切れない。
ポールに体重をかけて膝を伸ばそうとすると太ももに全く力が入らずそのまま立てずに後ろに転ぶ。

『たっ立てない。』
足を片方前に出して少し体重を前に預けバランスをとってやっとの思いで立つ。 立てたことがそれだけで嬉しい。

この頃また目が光った。 そいつは直ぐに林道を横切って消えていった。 猿のように見えた。
『猿は会いたくねぇな。何となく向かってきそうだもん。』

と、また転ぶ。 
どうしても立てない。 
『やばいっ。 本当に立てない。』
どうやっても立てない。
『このまま立てないと嫌でも林道でビバークする羽目になる。』
『まずい、まずいよ。 ここまで来てこれかよ。』
『シャリバテだな。 朝からおにぎり4個だもんな。』
『山頂で飯食わないと駄目だったなぁ。時間無かったもんなぁ。』
『今の足の状態が山頂近くで始まってしまったら完全に遭難だ。』
『これで野犬が出たらアウトだ。』 
『立っていれば動物もそう簡単に襲わないだろうが・・・・・・』
『相手が立てないと解ったら絶対襲ってくるだろうな。』
といろいろなことが頭の中を回る。
ただ、そんなことより立てないことがその時点での大問題で他の事は取り敢えず脇においてどうやったら立てるか。
周りを見ると林道の壁につかまるしかない。

道路の山側に四つん這いで向かい壁や木につかまり腕と背筋で膝が伸びるまで身体を引っ張りあげてやっと立つ。
もうこの辺りになると必死。
転ぶ。這う。壁につかまりやっとの思いで立つ。
また転ぶ。這う。壁につかまりやっとで立つ。
これを繰り返す。 
『それにしてもここまでのバテが登山道で起こっていたら一体どうなっていたんだろう。』
正に遭難である。そうなんである。

転んだときに左の膝を二回捻った。
『うわっ膝の捻挫かよ』
と思ったが大丈夫だった。よかったぁ。

人は体力を使い果たしてしまうと本当に立てなくなるんだということがよぉぉぉぉく解りました。
バテてからのブドウ糖はあまり効かないの解りました。
ちゃんと飯食わないと駄目なのも解りました。
車はゲートを越えた川沿いに停めてある。
やっと着いた。 そして思った。
『乗るときに膝が崩れたら川に転がり落ちる。』
実はアパートの駐車場で車を下り車から荷物を降ろすときに膝が崩れて車に向かって倒れた。
アパートの階段は壁に体重を預け一歩ずつ上がった。

もし次の日が休みだったら一晩挫けて山で過ごしたな。
そうなったら本当に心細かったろうな。
林道沿いに3つほど小屋があるし・・・昼飯で食わなかったパスタは残っていたしフリース出してダウン出して雨具も着込んでツエルトとエマージェンシーシート身体に巻いて転がって居た方が楽だったかも。
登山道だったら紐を使ってツエルト張って・・・朝が二度と来なかったりして・・・・・それとも山火事起こしてたりして。

登山道の暗闇の中でも下りなきゃと必死だったこととそのときはまだ足が動いたから割合に落ち着いていたんだろう。
本当に登山道の急勾配で足が動かなくなって気持ちだけが降りようとしたら・・・きっと滑落して今頃は・・・・・可能性はあった。

こんなことを書いている今が・・・これでまた今度山にいけると思えることが本当にラッキーだった感じがする。
今回も黒法師岳の山の神に守ってもらったのかな。
車で水窪ダムに向かう林道で若いが立派な体躯の牡鹿が200mほど車を先導してくれた。
『もっと体力をつけて、登山中もその維持に努めろよ。それから家に帰るまでがその日の登山中であることを忘れず気をつけて帰れよ。』
といわんばかりの牡鹿だった。


はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ疲れた。
でも良い山だったなぁ。
今度は等高尾根から北に折れて丸盆か黒法師の先のバラ谷の頭に行ってみるか。 今年はもう寒いから来年かな。 鬼が笑ってます。

FIN